ブログたまにSS
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
突発的にAngel Beats!のひなユイを書きました。
ご興味のある方だけ続きからどぞ。
あ、本編アニメ10話の完全ネタバレ含みますので注意です。
きせきのひと
消えるその瞬間に願ったことは、先輩が語ってくれた未来もそうだったけど。
だけどそれ以上に、今、一緒にいてくれること…それが何よりも嬉しかったの。
明るく振る舞っていれば皆笑ってくれた。
自分の、何もかもが叶わなかった世界のことも気にせずにいられた。
音楽と出逢った。
歌に出逢った。
そして貴方に、出逢った。
意地悪で優しいあのひと。
先輩。
―――先輩。
日向、せんぱい。
ひなたせんぱい。
60億分の1のひと。
************
「……言えば良かったなぁ」
ユイは、ごろり寝転んで空を見ていた。
手を伸ばせば届きそうな雲があって、爛々と輝く太陽は今日も変わらず大地を照らし続けている。けれど彼女はため息を吐いた。
「もっと早く、もっとたくさん…伝えたいこと、あったのになぁ…」
誰に、何を。
それはユイの頭の中だけにあった。だからこうして言葉にしても仕方がないのだ。
だって、その言葉を伝えたかった人は、もうここにはいないから。
「………岩沢先輩…」
呟いた名前は、ずっと憧れていたバンドの、忽然と消えてしまったボーカルの名前だった。ユイは彼女の歌声とギターに憧れを抱き、ファンを名乗って雑用などをやっていたこともある。でも、
「あたしが…ガルデモのボーカルだなんて、やっぱりまだ嘘みたい」
そう。岩沢が消えてしまってボーカル不在となったGirls Dead Monster――通称ガルデモ。
その後釜に、ユイは自分から志願した。自分をボーカルにしてくれと、頼んだ。
そしてなった。ずっと、長い間憧れていたステージにも立つことになった。不思議な気分だった。いつもとは違う視点。ガルデモのファンであった自分が、スポットライトを浴びて歌っている。経験として積み重ねられていっても、未だにユイのなかでは現実味が帯びなかった。
当たり前だった。視点の切り替えはそうそう早くできるものではない。ユイはそういった意味で良くも悪くも急激な視点変換が必要だったのだが、いくら自分から志願したとはいえ、緊張はする。ほんの数回ステージに立ったからといって、本来はそうやすやすと慣れるものでもない。
「…ほんと、すごい」
岩沢はすごい、とユイは改めて思っていた。憧れだけではなくて、純粋に、凄いと思えたのだ。自分はあんなに緊張しているのに、岩沢はいつだってクールでかっこよく、スマートに歌い上げていた。彼女のステージでの姿を思い出しながら、ユイは「ほぅ、」と感心の息を吐いた。
そのとき。
「なーにがすごいって?」
「わっ!?」
ガサガサっという音がして、ユイは振り返った。そこにはこの世界で知り合った、今ちょっとだけ関心を向けている年上の男がいた。
「…なんでこんなとこにいるんですか…?」
疑問を投げかけたユイに、その男――日向は答えた。
「なんでって…たまたま、通りがかっただけだよ。そういうお前は?」
「私、は…」
「そういや、ひさ子達がお前のこと探してたぞ?」
「え?」
「今度のライブの打ち合わせ、今日だって言ってたけど。いーのかぁ?サボって」
「…あ、」
「おま…その顔は忘れてたな…」
「う…っ、そ、そんなことありません!ちゃんと覚えてました!」
「うそつけ、じゃあなんでんなとこにいんだよ?」
「うぅ…」
ユイは小さく縮こまった。ただでさえ小さいその身体が、より一層ちまっとする。それに日向は苦笑を漏らして、ユイの頭にぽん、と掌を乗せた。
「………っ!?」
ユイは瞬間的にびくっと身体を震わせる。
「…なぁ、」
「……?な、なんですか?」
ユイが上目遣いで睨む。
実は、日向がここを通りがかったのは偶然では無かった。ガルデモのメンバーにユイを探して来るよう頼まれていたのだ。どうして自分がとも思ったが、どうもガルデモの奴らは日向が何度か彼女達の練習している教室でうろうろしていたことに気付いていたようだった。どうしてうろうろしていたのか。それは、ここ最近のユイの様子が少しおかしかったから。
「おまえ、さ…」
――どうして、ここんとこ音無にべったりなんだ?
質問は口に出すことができなかった。彼が何をしようとしているのかを、日向はなんとなく勘付いていた。だから、自分がしゃしゃり出る様なことではないと思っていた。
けれど、初めて会った時からじゃれあいを続けていたこの少女――ユイ。
音無と野球の練習なんてものをして、一体何を目指しているのかは実際のところ詳しくはわからない。だが、それまで自分の方を向いていた瞳が急に別の方へ向けられてしまったことに、なんとなく苛立ちを覚えたのだ。ガルデモがライブの練習をしている時こっそりと見に行っていたのは、ユイに声をかけるためだった。
「…もぅ、なんなんですか?早く言って下さいよ、先輩」
久しぶりに見たユイの真っ直ぐな瞳は、日向の心を揺さぶった。久しぶりに向けられた視線。今まで散々、会えば憎まれ口を叩いていたのに、今は何も言う気が起きなかった。ただただ、その瞳を見詰めていたいと思ってしまう。
(どうしたんだよ…俺…)
日向は思っていなかった。まさか自分が、年下の後輩に想いを向けているかもしれないなんてことに、気付いてはいなかった。
でも、自分以外の誰かとユイが笑い合って、自分や皆に隠して何かをしていて――それに苛立つ、なんて感情は、どう言い訳したって嫉妬そのものだった。そして気付いてしまえば、気になって仕方がなくなってしまう。
「……せんぱい?」
ユイが日向の顔を覗き込んだ。
「……っ!」
「どーしたんですかぁ?顔、赤いですけど…風邪?」
馬鹿は風邪引かないっていうのに、おかしいですね?…そう言ってユイは笑っていた。
「ちっげーよ…つか先輩に向かってバカはないだろバカは」
「え~だって~」
日向がここでユイを見つけた時、彼女はどこか哀しそうな目をして俯いていた。けれど今はそんなこともない。一瞬躊躇って、日向は聞いた。
「…お前、さ、さっき…」
「?さっき?」
「…なんで、泣きそうだったんだ?」
するとユイはハッとして、それでもすぐに、いつものような笑顔で答えた。
「なに、言ってるんですか?あたし、別に泣きそうになったりなんかしてません」
けろりとしてユイは言った。…つもりだった。
けれど、
「…ガルデモの練習、うまくいってないのか?」
「…え、」
「岩沢先輩、って言ってただろ?」
「………聞こえてたんですか…」
誤魔化しに失敗したユイは、ため息を吐いて肩を落とした。
「…別に、練習が辛いわけじゃありません。ただ、何度ステージに立っても思うだけです。…岩沢さんは、凄い人だったんだなぁって」
「お前、ファンだったんだもんな」
「だった、じゃありません!今も、です!」
ユイは胸を張ってそう言うと、岩沢の歌の何が好きだったか、どの歌の、どのフレーズが好きか、ステージに立つとわかる彼女の凄さ、ガルデモのメンバーが皆岩沢をまだ慕っていることなどを切々と語り始めた。日向はそれを、ずっと聞いていた。
「…でですね、とにかく岩沢先輩は凄いんです!先輩、は…」
ユイは何故かそこで言葉に詰まった。
「……どうした?」
日向が問い掛けると、ユイは俯いた。そして、少しくぐもって聞き取りづらい小さな声で、呟く。
「憧れ、なんです…あたしの、あたしは…あんな風に生きてみたかったから…ずっと、あんな風に、強く…まっすぐ…なりたかった」
ユイの生前を日向は知らない。この世界にいる人間は、皆死んでいる。死んで、それでも心残りがあって、抗うためにここへ来た。だからユイもその一人だということはわかっていた。しかし、今まで誰もユイの生前を知らなかった。ユイも語らなかった。
けれど日向は思った。きっと、音無は知ったのだろうと。
知って、そして、何かを成そうとしている。ユイの為に。
(俺は…俺、だって。なにか、こいつに…)
――何を、してやれるだろう?
日向は、ユイのことを何も知らないことに今更気付く。
そしてそれが――、
(悔しい…な、カッコ悪ィ、俺…)
一緒に居た時間や、会話をした時間はきっと自分のほうが多いのにと日向は思った。それなのにユイのことを何も知らない。
「お前は…お前だって強いじゃんかよ」
それでも何かをユイに伝えたくて、日向は言った。ユイは強い。本心であるそれを、けれどユイはあまり本気には取らなかった。
「先輩、なんだか今日は優しいですね?何か企んでます?」
ぴっ、と眼前に人差し指を突きつけられる。
「…別に、何も企んでなんかいねーよ」
「そう、ですか?」
ユイは首を傾げた。今日の日向はどこかやっぱりおかしいのに、それがどうしてかわからなかった。
(なんでだろう…でも、落ち着く…かも)
言えなかったことを後悔しても、届けたいひとはもうここにはいない。
だけど、
「――岩沢に言いたいことがあったんなら、歌えばいいんじゃねーの」
「…え?」
ユイは驚いた。心の中で考えていたことを、全部声に出してしまっていたのかと焦った。
「あ、あたしそんなこと言って無いですよ?」
「は?岩沢に、なんか言いたいことがあるっていう風に聞こえたけど、違ェの?」
日向は素直にそう思ったから言っただけだった。ユイが言いたいこと。岩沢を今でも好きだと思っていること、伝えたいことがあると、そう言っているように聞こえたのだ。
「…違い、ませんけど…」
でも、彼女はもういない。届かない。
尊敬してましたとか、彼女の凛とした歌も姿も好きでしたとか。
言っても、もうこの世界にはいないのだ。
――言っておけば、伝えていれば、こんなに後悔はしなかったかもしれない。
貴女の生き様に憧れています、と。ユイは岩沢に伝えたかった。
「なら、歌えよ」
「歌、う…」
「歌えば届くだろ、アイツにも」
「とど、く…?ほんと、に?」
ユイの言葉も表情も疑問に満ちていた。だって岩沢はもういないのに。
消えて、しまったのに。
「歌ってみ、ここで」
「は…!?ここで!?」
「ユイ、」
「あ…」
日向の声がいつもと違うことにユイはドキリとした。
(いっつも、ふざけてる癖に…)
けれど、日向の言うことを信じたい気がした。岩沢が好きな歌で、彼女への想いを届ける。それがもし叶うのなら、結構素敵だとユイは思った。
「…じゃあ、一緒に歌ってよ」
「は?俺?」
「そうですよ、言いだしっぺは先輩なんだから」
でも、そこまで言うのなら巻き込まれて欲しい。
ユイはそう言って、すう、と息を吸った。ギターは今持っていないから、アカペラで歌うしかない。彼女は何を歌うか迷って、そして――、やはり。
『……♪不機嫌そうなキミと過ごして、わかったことがひとつあるよ』
【Thousand Enemies】――初めてのステージで歌った、その曲を選んだ。
「…ユイ」
ユイは、目線だけを日向に向ける。
『♪そんなフリして、戦うことに必死』
その歌は、岩沢がガルデモに遺した最後の曲だった。
そして、ユイが歌詞を付け、かたちにした曲。
『♪いつまでも変えないで 氷のように 夏の日差し 暑くても溶けずにいてね 』
歌詞は日向も知っていた。だから観念して口を開く。
『「…♪きっと先に美しい氷河があるよ」』
『「♪かたちある そんな心」 』
『「♪誰だって 気付けば持ってる」』
もし、岩沢が消えずにこの歌を完成させていたら、どんな歌になっていたのだろう。
ユイがいつも考えていたことだ。きっと、自分とは違う歌になっていただろう。だからこれは、紛れもないユイの、ユイだけの歌。
――だけど。
岩沢の曲を聴いて、歌を聴き続けて憧れて、そんなユイがつけた歌詞だ。
(聴こえますか、岩沢先輩…?これが――貴女の歌で、貴女の旋律で、私が受け継いだ歌です)
伝わって、いますか――。
「喜んでるだろ、アイツも」
最後まで歌い終わって、日向が言った。
「…そう、かな。そうなら、いいな」
へへ、と頬を掻いてユイが笑う。
「っと、やべ、ユイ、」
「ん?」
「早くガルデモの部室行け、あいつらお前のこと待ってる」
「あー!忘れてた…っ!もう、先輩が歌えとか言うから!」
「俺のせいかよ!?」
ユイはすぐにでもダダっと駆けだそうとする。
「…っ、ユイ!」
その腕を日向は掴んだ。
「…っ!?なんですか先輩、まだなにかあるんですか?」
流石にユイも怪訝そうに眉をひそめた。
「いや…その、」
音無と何をしているのか気になって仕方ない日向は、やはりどうしてもその理由を聞いておきたかった。今聞かなければと思う反面、不審に思われそうで躊躇いを隠せない。
――だが。
「…お前さ、ここ何日か音無となにしてんの?ガルデモの練習だって何日か出てないってひさ子がぼやいてたぞ」
「…へ?…あぁ~、それはですねぇ…」
「…?」
少し恥ずかしそうにしている様子は、日向にあらぬ想像をさせる。
「え…?お前らってそういう仲だったの…?」
声のトーンが下がったのは、日向が純粋にショックを受けている証拠だったが、ユイは気付かない。
「はぁ!?何言ってるんじゃワレェェェ!」
「ちょっ、ばかおま…!やめろ、って…!ちょ、ギブギブ!!」
すかさず関節技を決めてきたユイに、日向はぐぎぎ、と唸る。ユイはぱっと手を離すと、はー、と長めのため息を吐いて日向に背を向けた。
「…夢を叶える手伝いを、してもらってるの」
「――夢?」
痛む関節を抑えつつ、日向は聞き返す。
「誰の、」
ユイは振り返り、遠くを見つめながら微笑む。
「あたしの、だよ。生きてた時にできなかったことがいっぱいあるって言ったら、ひとつずつ一緒にやってくれるって。ほんと、音無先輩はいいひとすぎるよ」
ユイの夢。音無はそれを手伝ってくれているのだと、ユイは言った。
「でもね、たくさんありすぎちゃって、先輩を振り回してばっかりだよ」
「まぁ、あいつは…お人よしっつーか、優しいからな」
音無はそういう奴だ。
「でも、ね…」
ユイの声が小さくなる。
―― 一番叶えたい夢は、絶対に叶わないんだ。
(だって、こんな夢のような世界にも、叶えてくれる人はきっと何処にいないから)
ユイはそう言って、思って、笑った。その笑顔は何処か寂しそうで、今すぐにでもユイが泣くんじゃないかと日向が思ったくらいだった。それが怖くて、日向はその言葉の真意を確かめることができなかった。
「…だけど幸せ、だね。あたしは、」
「…ユ、イ?」
「この世界では好きな事いっぱいできるから、あたしは幸せだね」
だから、それ以上のことなんて望んじゃいけないんだよ――と、ユイは言った。
「先輩にも、会えてよかったなぁって一応は思ってるよ?」
「…ユイ?」
どうして、もうすぐ消えてしまうかのような、会えなくなってしまうかのような言い方をするのか、日向にはわからなかった。そしてユイ自身にも、そんなことはわかってはいなかった。
でも、予感はあった。
「…もう、行かなきゃ。じゃね、日向先輩」
「…っ、ユイ!」
今度こそ行ってしまった小さな背中を、日向は見送る。
いつのまにか握りしめていた拳には、汗が滲んでいた。
「………くそ、」
*************
「家事も洗濯もできない…それどころか、ひとりじゃなんにもできない、迷惑ばかりかけてるこんなお荷物…誰が、もらってくれるかな…」
期待なんてしてない、そもそもできない。
ユイはそう言って自嘲していた。自分が、それを一番よくわかっているのだ、と。
いや、実際わかっているのだ。きっと嫌という程に思い知っているんだ。
ユイが一番叶えたい夢。
―――結婚。
『一番叶えたい夢は、絶対に叶わないんだ』
そう言っていた、その意味。
音無には叶えられないと言って寂しそうに笑った、その理由。
けれど、ユイはひとつだけ勘違いをしていた。思い込んでいた。
『誰も、あたしのことなんかもらってくれないよ』
(…そんな、こと…っ)
音無とユイの会話を影で聞きながら、日向は拳を握りしめた。
ユイの本当の願い。明る過ぎるほどに、笑顔を振りまいていたユイの、欲しくてやまないもの。
どうして、もっと早くに気付いてやれなかったのだろうと、日向は悔やんだ。
傍に居たのに。ユイの哀しみや苦しみを、もっとはやく掬い取ってやることができたかもしれないのに。
(…ユイが、好きだ…好きで、好きで…たまんねェ…)
ちょこまかと動き回って自分をからかっていたユイ。
先輩の自分に向かって、失礼なことばかりしてきた、可愛い後輩。
歌が好きで、ギターが好きで…この世界で生きていることを幸せだと言って笑ったユイ。
そんなユイのことを、自分はずっと好きだったのだ、と。日向はやっと自覚して、目線の先にいる二人を見つめた。
「神様って酷いよね、あたしの幸せ…全部奪っていったんだ…」
「…そんなこと…ない」
「…じゃあ先輩、あたしと結婚してくれますか?」
「――ッ、それは…」
音無はユイの意外な答えに相当困っていた。そればかりは自分にもどうしようもできないと、彼もわかっているからだ。ユイはもう充分に報われている――そう思っていた自分を恥じたかもしれない。まさか、彼女の最も強い願いが【結婚】だなんて思わなかっただろう。
(俺だって…まさか、そんな…)
でも、――だけど。
日向は、ユイをまっすぐに見た。
いつも放っておけなかった、小さな宝物が、悲しそうに笑っていた。
――今すぐ、抱き締めたかった。
「俺がしてやんよ…!」
音無とユイが驚いて日向を見た。無理も無い。
いきなり来て、こんなことを言う自分はどうかしていると、日向は自分でもわかっていた。
けれど、強い志を持って言った。
「俺が、結婚してやんよ…!これが…俺の本気だ」
「え…っ、そんな、先輩は、ホントのあたしを知らないモン…」
ユイの目は見開かれ、音無は呆然と立っている。
「現実が、生きてた時のお前がどんなでも、俺が結婚してやんよ…!もしお前が、どんなハンデを抱えてても、」
「ユイ、歩けないよ…立てないよ!?」
日向の言葉を遮り、震える声で、ユイは自分の持つハンデを語った。
それでも日向は言う。
「どんなハンデでもっつったろ!動けなくても、立てなくても!…もし、子供が産めなくても…俺はお前と結婚してやんよ…、ずっとずっと、傍にいてやんよ…」
降り注ぐ優しい言葉に、ユイは泣いた。
「…どこで出逢っていたとしても、俺は好きになっていた筈だ…。…また60億分の1の確率で出逢えたら…そんときもまた、お前が動けない身体だったとしても、お前と結婚してやんよ…」
「出逢えないよ…ユイ、家で寝たきりだもん…」
すると日向は、仮想のユイとの出逢いを語り始めた。
ユイの表情は段々柔らかくなり、最後は安堵の笑顔に変わっていた。
「…せんぱい、日向、先輩…ありがとう、ありが、とう…」
「…ユイ、好きだ。ごめんな…もっとはやく、言えばよかったよな」
「ううん…いいの、いいの…。先輩、あたし、あたしもね、好きだったよ…せんぱいのこと、好きだよ…」
「あぁ…」
今度は言えてよかった…ユイはそう言って、日向に抱きしめられながら、その胸で啜り泣いた。日向はユイの頭を撫でながら、自分の言葉がユイを消してしまう現実を噛みしめていた。けれどそれでいいのだと言い聞かせた。ユイが消えてしまうということは、彼女の願いが叶った証拠。それを叶えることができたのは自分なのだから満足だと。
――幸せだった。
ユイも、日向も。二人とも幸せだった。
この一瞬だけであっても、60億分の1の確率がどんなに果てしない奇跡だとしても。
「逢いに行く、ユイ」
「…せんぱい、」
「…迎えに、行くから」
「……っ、うん、うん…」
大切なこの存在が、生まれてきたことをもう後悔しないように傍にいてやりたいと日向は祈った。
過去も、今も、未来も、ずっとずっと。
けれどしばらくしてユイの身体は光に包まれ、やがてすうっと消えていった。
「…日向、」
「音無…あいつ、幸せだったかな…」
彼女を抱きしめていた両手にはまだ温もりが残っていた。日向はそれを忘れないように握りしめ、一部始終を見守った音無に問う。
「…願いが、叶ったんだ…幸せだったに決まってる。…お前が、ユイを幸せにしてくれたんだろう?」
「……なら、いいんだけどな」
沈んでいく夕陽は最後消える時のユイの眼差しに似ていて、日向は少しだけ泣きそうになった。
「…出逢えるかな、また」
自分で言った事なのに、日向はいざユイが消えてしまうと不安になる。
ついさっきまで、傍で笑っていた温もりとの約束。必ず、叶えたい。
「出逢うさ。約束、守ってやれよ」
「……だな」
日向は親友の言葉に頷き、顔をあげた。
夕陽に向かって語り掛ける。
「……ユイ、」
(…日向せんぱい、)
「ユイ…」
君は幸せだっただろうか。
俺で、俺なんかで本当によかったんだろうか。
もっと、もっと一緒に居たかった。
もっと、傍で笑っていてほしかった。
でも、――きっと。
「逢えるよな…ユイ、」
―――60億分の1のひと。
【end】
PR
この記事にコメントする
最新記事
カレンダー
06 | 2025/07 | 08 |
S | M | T | W | T | F | S |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | ||
6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 |
13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 |
20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 |
27 | 28 | 29 | 30 | 31 |
ブログ内検索